落書

何かに疲れたときに僕氏が何かを吐き出して現実に帰っていくための架空の場所です。

夏の短期世銀インターン6

決断をするときにどのような判断基準を持つか。他の人からアドバイスを受けるにしても、最終的には自分で決断を下すのでなければ、どこかで甘えが出てしまうったり失敗を人のせいにしてしまうかもしれない。「死ぬときに後悔するような生き方はしない」は、明日お会いする人を調べていたら出てきたのだけど、今までよく考えてきた「自分の直観と共鳴しているかどうか」や「ワクワクするかどうか、面白いかどうか」に合わせて取り入れたい視点だと思った。この考え方は決断後の覚悟、後悔しないと決めて行動する、ということにもの繋がる。決断のとき以外にも当てはまる行動準則。


8月15日
リサーチタスクが安定化したことと山を1つ抜けたことで気が抜けたので、朝から少し能率低めだった。しかし午後のGACチームミーティングに備えて徐々にギアを上げていく。相手にとって魅力的な研究トピックを提示することの大切さは大学院でも口酸っぱく習っていたので、その訓練の成果を多少なりとも発揮したかった。世銀の反腐敗におけるプラクティスの現状について、理解レベルは完全とは言えないもののかなり向上しているつもりだった。そして世銀の調達ポリシーや、独立の腐敗調査機関(Integrity Vice Presidencyという、リーガルと組織上同等の立場にあるディビジョン)の動向もある程度はカバーして、自分が短期間でも貢献できる部分を探っていくつか提案した。


結果としては、僕の提案したものを軌道修正する形のプランを1つ、ボスたちから他にいくつかのプランが出た。これからそれらの研究の実現可能性を基礎的な文献調査をして検証し、1つあるいはいくつかを重点課題として取り組んでいくことになる。つまり、まだ何をするかは確定しなかった。これはぶっちゃけかなりまずいと思うし、提案をしっかりまとめ上げ切れていなかったことを後悔した。ボスたちが挙げてくれたその他のプランは、僕の頭の中にはあったものの有効な研究課題として提案に載せていなかった。これは、世銀のプラクティスの文脈及び議論のフォーカルポイントをしっかりと理解しきれていなかったことを示している。これ以上時間を掛けることができなかったかといえば嘘になる。まだまだ時間はあるので後悔の無いように動かなければ。(余談だが、チームで実質的な内容を議論したのは初めてだったが、いつも眠そうで気楽なボスの本気をちょっとだけ見た気がして楽しかった。)


ランチで日本人弁護士の方とスイスのリーガルアソシエイトの方とお話した。わりと、取り留めのない話をずっとしていた。大学ランキングの出し方はどうなっているのだとか。文系のランキングって、教授の書いた論文の引用数が大きなファクターだったと思うけど、英語で書かれた論文は多く引用されるだろうから日本の大学は上位に入らない。でも特に法学やるならば法域によって独特の法体系が育っていてそれに対応する個別的な議論は法学の中心を占めており、他国の法域に基づいた論文からの引用というのはあまり多くはありえない。つまり、日本法についての論文はアメリカではほとんど引用されない。もちろん僕が中心的に研究している法移植だとかの比較法の分野や、あるいは国際法・国際仲裁などはボーダーレスな議論が成されるが、それでも法学全体では小さい部分を構成するに過ぎない。大学ランキングの信用性はどうなんだろうか。そんな話をしていた。


リーガルアソシエイトというのは世銀の法務に入るためのひとつの登竜門で、2年間オペレーションチームとリサーチチームに1年ずつ入って経験を積み、任期満了前に空きポストがちょうどよくあれば継続して雇用される。リーガルアソシエイトになること自体が天文学的な競争率で、なおかつなった後も空きポストは非常に競争が激しく残るのはかなり難しいとのこと。今日話したスイスの方も今年の10月からは本国のローファームに戻って仲裁のプラクティスに戻るらしく、世銀での経験は経験としては素晴らしいものだったが、それが近い将来に直接的にキャリアを変える契機にはならなそうだと話していた。


スイスのジェノバの話を少しした。僕はまったく知らない話だったが、ジェノバには物件が少なく家を探すのがとても大変とのこと。スイス人であっても、大家とのコネがあるか、あるいは諦めてかなり高い家賃を払うかしないと入居できないらしい。この状況はパリも一緒らしいが、本当なんだろうか。それから、彼いわく、DCでの生活はジェノバの数倍楽しいと。ジェノバでは店はすべて6時ごろには閉まるので買い物を夜遊びもしづらい。最近はネットでみんな買い物してるって。なんかいろいろ想像できないが、確かに昔Vis Mootでウィーンに行ったときにもスーパーの閉まる早さに驚いた記憶がある。あの感じか。


スイスといえば国際機関が集まるハブ都市で、僕は勝手に外資系のローファームも多く進出して国際法に関する業務を遂行していると思っていたが、どうやら人口も少なく国際機関があるといっても仕事の量がたくさんあるわけではないので、外資系のローファームはあまり見られないそう。ベーカーアンドマッケンジーぐらいしかないよと言っていた。スイスのローファームで国際法を中心的なプラクティスにしているものは多く、またNY(同じく国際的なハブ都市)のローファームとJVを組んでいるところなどもあるという。以前の日本のように外資系ローファームに規制が掛かっているわけではないらしい。


それから世銀で安定した職を得た法務部職員はかなり離職率が低いということについて、その理由はやはりワシントンDCでの生活がそれなりに充実したものであること、給料がよいこと、勤務時間が短くワーク・ライフ・バランスが容易に保てること、があるという話を伺った。それから仕事の社会に与えるインパクトの大きさから充実度も増し、最初にずっと残るつもりで世銀に来た人ではないにしても、結果として残ることになる人が圧倒的に多いのだという。だから、世銀法務部で空きポストを見つけるのは本当に難しい。ちなみに、IFCはもっと難しいと伺ったが、どうなんだろうか。


僕はいずれにしても、YPPやJPOを考えたり、あるいは法務のリーガルアソシエイトを狙ったりするにしても、経験が足りないし年齢が若すぎるから(これは直接言われもした。というか、僕を連れてきてくれたボスは最初の方で"Don't talk about your age! hahaha"とか言ってた)、まだ切迫したものとしては考えていない。将来応募することはあるかもしれないから、その前に肌感覚で職場を体験できたこと、上司を知れてネットワークを築けたことは財産になった。インターンはまだまだ続く。進路は未定だけど、こちらに来て一番実感するのはやっぱりどんな組織も入ってみないと実情はわからないということ、そして、自分の研究分野にこだわりをもってそれを貫いて強みにしていくのは大事な方向性だと思っていたが、一方で一度産業界に出るなどしてみるのもいいと考えるようになった。いろんな人と話して、やはり知らない世界が多すぎると感じる。開発政策系の仕事に軸を置こうとして、政治学や法学のバックグラウンドを築いてきたが、それだけだと今の政策動向や、社会へのインパクトの与え方を完全には理解できない。企業や市民社会が政策形成・国家運営に巻き込まれるのが常態化しているのだから、そちらの分野で働いているロジックも理解できていないと、論文を書いたり政策を提言したりしても的はずれになってしまう。何より、まだ知らない分野があるということは、他の分野に惚れる可能性もあるということ。自分の積み上げてきたものを大事にしながら、考えながら進んでいけば、いつか自分にしかできないような、誇れる仕事ができる気がする。


すごい夜更かししてしまった。明日ヤバイ。おやすみなさい。