落書

何かに疲れたときに僕氏が何かを吐き出して現実に帰っていくための架空の場所です。

夏の短期世銀インターン5

たくさん働いた日。一日の終わりに大事な期限があったもんだから、基本ずっと荒ぶっていた。

8月14日
今日はリサーチの中間報告が夕方に控えていたので、朝からそれをまとめあげて精緻化していく作業。早めに情報収集にケリをつけてまとめあげる作業にしていく予定だったが、中間報告に過ぎなくて忙しいボスが僕の書いた長い文章を読むとは思えなかったし、世銀が形式に頓着しないことも学んでいたので、内容重視で魅せるのはプレゼンでなんとかすることにし、引用などの形式を整える時間を省いて情報収集を続けた。結果として提案した僕のリサーチ方針は全体として受け入れられたので、多少の修正をもとに、今後はこの道筋にそって議論を深めていく作業になる。議論の枠組みが固まってあとはそれにあてはまる既存の議論をレビューする作業が中心になるので、難易度はぐっと下がる。だから、こちらのリサーチに掛ける時間は今後ぐっと落ちて、もうひとつのオペレーションチームでの活動に重心が移ると思う。こちらのミーティングも明日に控えているので、帰宅後はいそいそとそちらを準備した。


方向性が受け入れられたこと自体はよかったのだが、今回のボスとのミーティングでは、あまり勉強になるアドバイスを受けることはできなかった。薄々は感づいていいたのだが、このボスは僕のことを世銀に連れてきてくれた恩人なのだが、彼が僕に振っているタスクはどのチームにも属していない独立したものである関係で、リサーチに必要性に駆られたプレッシャーが掛かっていない。ボスと僕の一対一の作業で、ボスの中では、言ってしまえば僕のような修士号もない者が作るサーベイペーパーなどが有効な基礎調査として機能するとはあまり考えておらず、こちらの研究をやりつつ世銀に身を置くということの意味を考えるだとか、リサーチの演習を積むだとかの効果が出ればよいと思っているのだと思う。今日はボスは休暇の前日で、僕は緊張してプレゼンに向かったのだが、一方でボスはかなりオフモードで僕の方向性を理解して承認した後は、僕がお土産で持って行っていた抹茶わらび餅が家族に好評だった話などをしてきた。


やはり、僕は世銀から給料ももらっていないし、お客様に近い扱われ方をしている。以前他の日本スタッフの方から伺ったが、例えば政府から出向などで期限付きで来ている人も、お客様のように大事にされるので、刺激的な仕事や責任感のある仕事があるものはないという(出向者の給与体系の規定があまりよくわかってないのでぼやっとしてます汗)。国一を受けて出向、というルートで国際機関に行くルートにはこのような欠点?もある。ボスの休暇の直後に僕の最終レポートの提出があるが、このままそれを出したのでは学びが極小化されてしまうと恐れたので、最終レポートに対してボスにコメントして頂き、それを反映して最終版を完成させるという約束を取り付けた。これで僕の書いたものにすべて目を通してもらえることになったので、あとは持てる力を吐き出すのみ。


今日は帰宅後のリサーチがかなり捗った。学校の課題が遅れていたのでそちらを行ったが、世銀でやらされているのと同じ手法をとってみたところ、今まで気がついていなかった情報が得られた。今まで自分は、学者の用意したペーパーを重点的に見るものの、国際機関やNGOの出版物にあまり注意をはらっていなかった。こちらは学問的な厳密さは劣るものの、昨今のトレンドを追うことができ、それを抑えることで時代遅れの議論を防いだり、また広い視野を得れる。広い視野というのは、自分が論文で読んでいて考えている政策手法が、どのような政策カテゴリーに属していて、近接する手法にはどのようなものがあるか、などの情報をわかっていることである。これがわかると、新たな学術論文探索の足がかりになる。世銀にきてはじめて、リサーチのためのイロハを体得していっているようで、ここでやることじゃないような気もするが、そういう余計なことは考えないでおこう。


ちなみに、学校の課題はいくつかあって、今やっているのは環境保護の規制の実質化がテーマで、フィリピンの鉱山開発がはらむ問題とその解決策についてグループリサーチを行っている。僕が担当しているのは共同規制的なアプローチで、これは企業による自主規制をも含む概念で、政府の監視力や規制を行使するキャパシティが低い場合に、企業にイニシアティブを取らせつつ一緒に規制を実質化しようという手法。市民社会も議論の枠組みに加わって、複雑だがイノベーティブなアプローチが生まれている。ISOのような標準化とは似て非なるもので、それとの違いを分析したり、融合を考えるのが難しい。共同規制の概念は他にも、インターネット上の規制などで用いられていて、昨今の議論状況はむしろこちらのほうが熱いのではないかと思う。


おやすみなさい